「Excelでの管理がもう限界です」
「そろそろシステムを入れたいのですが、何から相談すればいいでしょうか」
中小企業の経営者の方から、こうしたご相談をいただくことがよくあります。
ただ、そこで「では、どんなシステムにしましょうか」とすぐに話を進めてしまうと、たいていうまくいきません。
なぜなら、「Excelが大変」は困っている状態を説明した言葉であって、会社として解決すべき課題そのものではないからです。
この記事では、現場から上がってくる困りごとを、投資判断ができる「経営課題」の形へ整理し直す考え方と手順を解説します。ITの知識は必要ありません。
「Excelが大変」は、まだ経営課題ではない
「Excelが大変」「入力が面倒」「電話が多い」といった言葉は、現場で実際に起きていることです。
ただしこれらは、体でいえば「熱がある」「だるい」という症状にあたります。
症状だけを聞いて薬を出すことはできません。熱の原因が風邪なのか、別の病気なのかで、対処はまったく変わります。
業務も同じです。「Excelが大変」の裏側には、たとえば次のような事情が隠れています。
- 同じ情報を、受注管理表と請求書用ファイルの2か所に入力している
- ファイルが重く、複数人で同時に開くと保存できない
- 最新版がどれか分からず、確認の電話が発生している
- 集計の関数を作った担当者しか、中身を触れない
- 月末の集計に3日かかり、その間は他の仕事が止まる
ここまで分解して、はじめて「何を解決すべきか」が見えてきます。
そして、さらにもう一段ほしいのが、「それによって会社にどんな損失が出ているのか」という視点です。
現象と経営課題の違い
| 現象(困りごと) | その裏で起きていること | 経営課題として言い直すと |
|---|---|---|
| Excelの管理が大変 | 受注情報を2か所に転記している | 間接業務の人件費が売上の伸びに比例して増えている |
| 電話・FAXが多い | 受付内容を後からシステムへ入力している | 受付から確定までに時間がかかり、機会損失が出ている |
| あの人しか分からない | 手順が担当者の頭の中にしかない | 特定社員の退職・休職が事業継続のリスクになっている |
| 月末が忙しい | 集計と請求書作成が月末に集中している | 締めから請求までが遅く、入金サイクルが後ろ倒しになっている |
右側の言葉になってはじめて、経営者は「では、いくらまで投資する価値があるか」を判断できるようになります。
経営課題とIT課題は何が違うのか
ここで、言葉を整理しておきます。
経営課題とは、「会社として、どういう状態を実現したいか」に関する課題です。利益率、人手不足、顧客対応の質、事業継続のリスクなどが該当します。
一方のIT課題は、「その状態を実現するために、情報の扱い方をどう変えるか」に関する課題です。二重入力、データの分散、情報共有の遅れなどが該当します。
| 項目 | 経営課題 | IT課題 |
|---|---|---|
| 問いの形 | 会社として何を良くしたいのか | そのために情報の流れをどう変えるか |
| 例 | 利益率を改善したい/採用できない前提で回したい | 受注情報が3か所に分散している |
| 判断する人 | 経営者・役員 | 業務担当者・IT担当・開発会社 |
| 成果の測り方 | 利益率、売上、離職率、事業継続性 | 作業時間、入力ミス件数、検索にかかる時間 |
| 決める順番 | 先に決める | 経営課題が決まってから決める |
大切なのは、この2つが上下関係にあるということです。
IT課題は、経営課題の下にぶら下がります。「二重入力をなくす」こと自体が目的ではなく、それによって「間接業務の負担を減らし、利益率を改善する」ことが目的です。
逆にいえば、経営課題につながらないIT課題は、今やらなくてよい可能性が高いということでもあります。
限られた予算と人手のなかで何から手を付けるかを決めるとき、この判断基準はそのまま優先順位づけに使えます。
現象のままシステムを選ぶと、なぜ失敗するのか
困りごとを整理しないままシステム選定に進むと、次の3つが起こりやすくなります。
失敗1:今の非効率な業務が、そのまま作り込まれる
「Excelが大変」だけを伝えると、開発会社は「今のExcelと同じことができるシステム」を作ろうとします。
それは要望に忠実な対応ですが、結果として、二重入力も、月末集中も、そのままシステムの中に引っ越すことになります。
費用をかけたのに、作業のやりにくさが変わらない。よくある失敗です。
失敗2:社内で稟議が通らない
「現場が大変なので300万円ください」では、経営者は判断できません。
判断に必要なのは、「その300万円で何が減り、いくら戻ってくるのか」という情報です。
担当者が現場の困りごとを経営の言葉に翻訳できないために、必要な投資が何年も先送りされている会社は少なくありません。
失敗3:導入後、「で、何が良くなったのか」に誰も答えられない
目的が「システムを導入すること」になっていると、稼働した時点でプロジェクトが終わってしまいます。
半年後に効果を聞かれても、「まあ、便利にはなりました」としか答えられない。改善前の状態を測っていないため、比較のしようがないのです。
導入前の数字を残していないことが、効果測定ができなくなる最大の原因です。
費用対効果の考え方や計算方法は、システム開発の費用対効果|ROI計算と中小企業の成功事例で詳しく解説しています。
現場の困りごとを経営課題へ変換する4つのステップ
ここからが本題です。現場から上がってきた困りごとを、経営課題の形に整理し直す手順を紹介します。
特別な道具は要りません。紙とペンで進められます。
ステップ1|困りごとを「事実」で書き直す
まず、感想を事実に置き換えます。
「大変」「面倒」「時間がかかる」は、人によって基準が違います。誰が読んでも同じ絵が浮かぶ書き方に直します。
- 直す前:受注の処理が大変
- 直した後:メールで届いた受注内容を受注管理表へ入力し、同じ内容を請求書用ファイルへもう一度入力している
コツは、「誰が」「何を」「どこからどこへ」「どのくらいの頻度で」を入れることです。
ステップ2|影響がどこまで及んでいるかをたどる
次に、その事実が誰に、どこまで影響しているかをたどります。
ここで大切なのは、自部署の外まで見ることです。
たとえば「二重入力がある」という事実は、入力担当者の負担で終わりません。入力が終わるまで請求書が出せず、請求が遅れれば入金も遅れます。
入力ミスがあれば、顧客からの問い合わせが発生し、営業担当が対応に回ります。
一つの手作業は、たいてい部署をまたいで影響しているものです。
ステップ3|時間・件数・金額に置き換える
次に、数字にします。正確でなくて構いません。桁が合っていれば十分です。
測る対象は、次の3つで足ります。
- 時間:その作業に月何時間かかっているか
- 件数:ミス・差し戻し・問い合わせが月何件あるか
- 金額:時間×人件費単価、ミス1件あたりの対応コスト
たとえば「転記に月20時間かかっている」場合、社内単価を1時間2,500円とすれば、年間で60万円です。
この数字があるだけで、「50万円のクラウドサービスで解決するなら安い」「500万円かけるなら他の効果も必要だ」という判断ができるようになります。
厳密な原価計算は不要です。1週間だけ作業時間をメモするだけでも、議論の質は大きく変わります。
ステップ4|このまま放置した場合に何が起きるかを書く
最後に、「今のまま2〜3年続けたらどうなるか」を書きます。
この一行があると、「今やるべきか、来年でもよいか」の判断ができます。
- 受注が1.5倍になったら、今の人数では回らなくなる
- ベテラン担当者が定年を迎えると、月次処理ができる人がいなくなる
- 取引先から電子請求書を求められた時点で、今のやり方では対応できない
緊急度は、困りごとの大きさではなく、放置したときに失うものの大きさで決まります。
4ステップをまとめた整理シート
| ステップ | 書くこと | 記入例 |
|---|---|---|
| 1. 事実 | 誰が・何を・どこからどこへ・どのくらい | 事務担当2名が、メールの受注内容を管理表と請求書用ファイルへ二重入力している |
| 2. 影響 | どの部署・どの顧客まで波及しているか | 入力完了まで請求書が出せず、経理の締めが遅れる。ミス時は営業が謝罪対応に回る |
| 3. 数字 | 時間・件数・金額 | 月20時間(年60万円相当)/請求の誤り月1〜2件 |
| 4. 放置 | 2〜3年後に何が起きるか | 受注が1.5倍になると残業では吸収できず、増員が必要になる |
| まとめ | 経営課題としての一文 | 受注増に対して間接業務が比例して増える構造になっており、利益率を圧迫している |
この5行が書ければ、そのままシステム化を検討するための材料になります。
社内稟議や開発会社への相談に使える文書としてまとめる手順は、【中小企業向け】システム化構想の立案テンプレート|立案書の作り方で解説しています。
業種別|困りごとを経営課題へ変換した例
実際の変換は、業種によって行き着く先が変わります。代表的な例を挙げます。
| 業種 | 現場から出てくる言葉 | 整理すると | 経営課題 |
|---|---|---|---|
| 地方ホテル | 予約の電話対応が多い | 電話・メール・予約サイトの予約を、紙の台帳へ転記している。ダブルブッキングが起きる | 客室の販売機会を取りこぼしており、稼働率が上がりきらない |
| 製造業 | 在庫がいつも合わない | 入出庫を紙の伝票で記録し、週1回まとめてExcelへ入力している | 欠品による納期遅延と、過剰在庫による資金の固定化が同時に起きている |
| 建設会社 | 現場の写真整理が大変 | 各現場の写真をスマホで撮り、事務所のPCへ手作業で振り分けている | 監督が事務作業に時間を取られ、担当できる現場数が増やせない |
| 士業事務所 | 顧客からの問い合わせが多い | 進捗を聞かれるたびに担当者が資料を探して回答している | 単価の高い専門業務に使える時間が削られ、生産性が上がらない |
注目していただきたいのは、右端の経営課題には「システム」という言葉が一度も出てこない点です。
ここまで整理できていれば、解決手段はシステム開発とは限りません。業務のやり方を変えるだけで解決することもあれば、既存のクラウドサービスで足りることもあります。
手段を先に決めないからこそ、いちばん安い解き方を選べるようになります。
【事例】「ホワイトボードとExcelが大変」の裏にあった本当の課題
実際にご相談いただいた運送会社の例をご紹介します。
最初のご相談は、「ホワイトボードとExcelに分かれている配車・請求・入金の管理を、一つにまとめたい」というものでした。
この時点で「では配車管理システムを作りましょう」と進むこともできました。ただ、業務を伺っていくと、困りごとの中身はもっと具体的でした。
- 配車状況は事務所のホワイトボードにしかなく、外出先からは電話で問い合わせるしかなかった
- 表計算ソフトへ移行したものの、件数と履歴が増えて開くだけで時間がかかるようになっていた
- 複数人で同時に触ると保存できないことがあった
- 配車データを請求書用のExcelへ手作業で転記していた
- 月に一度、社外の経理担当へファイルを渡して確認してもらうやり取りが定例業務になっていた
- 相殺や繰越の扱いが社内・社外で異なり、担当者が変わるとやり方も変わっていた
ここまで分解すると、「Excelを置き換える」だけでは解決しないことが分かります。
本当の課題は、同じ情報を人が運び直している工程が、社内にも社外にも残っていたことでした。
課題の捉え方が変わると、作るものも変わる
| 捉え方 | 作るもの | 残る問題 |
|---|---|---|
| Excelが重いことが問題 | 配車情報を登録・検索できるシステム | 請求書への転記も、社外とのファイル受け渡しも残る |
| 人が情報を運び直していることが問題 | 配車の登録が請求書と入金管理まで一本でつながる仕組み | 転記工程そのものがなくなる |
実際に構築したのは後者でした。配車情報を登録すると請求書へ自動で反映され、社内の経理担当と社外の専門家が同じ画面を見られる形にしています。
結果として、転記という工程と、月次のファイル受け渡しという工程が、業務からなくなりました。
また、開発の過程でいちばん手間をかけたのは、実はプログラムではありません。相殺や繰越といった、社内外で曖昧なまま運用されていた会計ルールを一つに整理し直すことでした。
課題を掘り下げると、システム化の前に「業務のルールを決め直す」作業が必要になることは珍しくありません。
この事例の詳細は、以下のページでご覧いただけます。

経営課題を整理するときによくある失敗
経営者だけで課題を決めてしまう
経営者から見える課題と、現場で実際に起きていることは、しばしばずれます。
「うちの問題は営業力だ」と考えていた会社で、実際に業務を追ってみると、見積作成に時間がかかりすぎて商談数が伸びていなかった、というケースもあります。
課題の材料は現場から集め、経営の言葉へ翻訳するのは経営層が担う。この分担が現実的です。
現場の要望をそのまま課題にしてしまう
逆に、現場の声をそのまま集めるだけでも足りません。
現場から出てくるのは「今の仕事をやりやすくする案」です。「その業務自体をなくせないか」という発想は、担当者からは出にくいものです。
集めるのは要望ではなく、事実だと考えてください。
課題を出しすぎて、優先順位がつかなくなる
丁寧にヒアリングすると、課題は30個も40個も出てきます。
全部を解決しようとすると、予算も期間も膨らみ、たいてい途中で止まります。
ステップ3で数字にしておくと、金額の大きい順に並べ替えるだけで、上位3つ程度に絞り込めます。
「システムで解決すること」を前提に課題を書く
最初から導入したいツールが決まっていると、そのツールで解決できる課題だけを書いてしまいがちです。
課題を整理する段階では、手段をいったん忘れてください。
「やめる」「まとめる」「順番を変える」だけで解決する課題も、実際には少なくありません。
明日からできる3つのこと
- 1週間だけ、作業時間をメモする
対象は「毎月必ず発生する作業」を2〜3つ。正確でなくて構いません。 - 同じ情報を2回以上入力している箇所を探す
二重入力は、費用対効果を説明しやすく、成果も出やすい典型的な改善対象です。 - 「この人が1か月休んだら止まる業務」を書き出す
属人化は、平時には見えず、起きたときの損失が大きい課題です。
この3つが揃えば、先ほどの整理シートは埋められます。
課題を整理したあと、システム選定や導入をどう進めるかは、システム化計画プロセスとは?中小企業が失敗しない5つの進め方で全体の流れを解説しています。
よくある質問
課題の整理には、どのくらい時間がかかりますか?
対象を1つの業務に絞れば、2週間程度で形になります。
複数部署にまたがる場合は1〜2か月かかることもありますが、最初から全社を対象にする必要はありません。
まずは負担の大きい業務を1つ選び、そこだけ整理してみるのが現実的です。
IT担当者がいない会社でもできますか?
できます。
この段階で必要なのはITの知識ではなく、自社の業務を知っていることです。ITの知識が必要になるのは、解決手段を選ぶ段階からです。
むしろ、業務を知らない人が課題を整理するほうが難しくなります。
課題を整理したら、結局システムは不要という結論もありえますか?
あります。むしろ、よくあることです。
承認の順番を変える、報告のフォーマットを統一する、使っていない項目をなくす。こうした運用の見直しだけで解消する課題は少なくありません。
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まとめ|ITは目的ではなく、経営課題を解く手段
システム導入がうまくいかない会社の多くは、技術の選び方を間違えたわけではありません。
解くべき問題が決まらないまま、解き方だけを先に選んでしまったことが原因です。
この記事の要点をまとめます。
- 「Excelが大変」は現象であって、経営課題ではない
- IT課題は経営課題の下にぶら下がる。順番を逆にしない
- 事実 → 影響 → 数字 → 放置した場合、の4ステップで変換する
- 数字にすると、優先順位と投資判断ができるようになる
- 整理した結果、システムを作らない選択もありえる
経営が目的で、ITはそれを実現するための手段です。
この順番さえ守れていれば、選んだ手段が多少ずれていても、後から修正できます。逆にこの順番が崩れていると、どれだけ良いシステムを入れても成果につながりません。
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