同じプロジェクトを進めているのに、話がかみ合わない。
経営者は「まだできないのか」と言い、現場は「今のままでいい」と言い、開発会社は「決めてもらわないと進みません」と言う。
誰も間違ったことは言っていません。それぞれの立場から見れば、どれも正しい主張です。
問題は、見ているものが違うのに、同じ言葉で話していることにあります。
この記事では、立場ごとの視点の違いを整理し、認識を合わせる進め方を解説します。要件の整理方法については、要件定義は3層で考える|経営要求・業務要求・システム要求の分け方をご覧ください。
5つの立場は、それぞれ違うものを見ている
システム導入に関わる人を、立場ごとに整理します。
| 立場 | 気にしていること | 不安に思っていること | 成功の基準 |
|---|---|---|---|
| 経営者 | 投資に見合う効果が出るか | 費用だけかかって終わらないか | 利益・売上・リスクが改善する |
| 管理職 | 部署の目標を達成できるか | 移行期間中に数字が落ちないか | 部門の生産性が上がる |
| 現場担当者 | 自分の仕事がどう変わるか | 覚え直す負担、仕事を失う不安 | 作業が楽になる |
| IT担当 | 運用を続けられるか | 自分だけに負荷が集中しないか | 安定して動き、管理できる |
| 開発会社 | 決めた範囲で完成できるか | 要望が際限なく増えないか | 期日と予算内で稼働する |
この表で注目してほしいのは、「不安に思っていること」の列です。
反対意見や非協力的な態度の裏には、たいていこの不安があります。とくに現場担当者の「仕事を失う不安」は、本人からは絶対に言葉になりません。
代わりに「今のやり方のほうが速い」「うちの業務は特殊だから」という形で表れます。
同じ言葉が、違う意味で使われている
認識のズレは、単語レベルでも起きます。
| 言葉 | 経営者の理解 | 現場の理解 | 開発会社の理解 |
|---|---|---|---|
| 「効率化」 | 人件費が減ること | 自分の作業が楽になること | 処理時間が短縮されること |
| 「すぐに」 | 今期中 | 今週中 | 次の開発サイクル |
| 「簡単に」 | 説明なしで使える | クリック数が少ない | 実装工数が小さい |
| 「一通り動く」 | 業務が回る状態 | 例外処理も含む状態 | 主要機能が実装済み |
| 「テスト」 | 実際の業務で試す | 触ってみる | 仕様どおりか検証する |
「一通り動きます」という報告を、全員が違う意味で受け取っている——これがトラブルの典型的な発生源です。
防ぐ方法は単純で、抽象的な言葉が出たら具体化することです。「一通り動く、というのは受注登録から請求書出力まで通しで試せる状態ですか」と確認する。
合意形成の進め方|4つのステップ
ステップ1|目的を1文にして、全員に配る
プロジェクトの目的を、A4用紙の1行で書きます。
「受注から請求までの二重入力をなくし、間接業務の負担を減らす」——この程度で構いません。
大事なのは、全員が同じ1文を見ていることです。会議のたびに冒頭で読み上げるくらいで、ちょうどよいと考えてください。
ステップ2|立場ごとの「うれしいこと」を言葉にする
目的が共通でも、それぞれの立場で得られるものは違います。
ここを言葉にしておくと、協力を得やすくなります。
| 立場 | この人にとってのメリット |
|---|---|
| 経営者 | 年60万円の人件費削減と、受注増に耐えられる体制 |
| 経理担当 | 月末の残業が20時間から5時間に減る |
| 営業担当 | 受注状況を確認する電話がなくなる |
| IT担当 | Excelファイルの復旧依頼がなくなる |
現場に説明するとき、経営目線のメリットだけを語っても響きません。その人の明日が、どう変わるのかを話してください。
ステップ3|決める人と、決め方を明確にする
意見が割れたときにどうするかを、事前に決めておきます。
- 最終決定者:誰が決めるのか(多くの場合、経営者か部門責任者)
- 判断の基準:迷ったら何を優先するか(例:現場の作業時間を優先する)
- 決める場:いつ、どこで決めるのか(例:隔週の定例会議)
- 記録の方法:決まったことをどこに残すか
2つ目の「判断の基準」が、実務上とても効きます。
「コストと使いやすさが対立したら、今回は使いやすさを取る」と決めておけば、個別の議論のたびに揉めずに済みます。
ステップ4|決まったことを、その場で見せる
会議で決まったことは、その場で画面に映すか、ホワイトボードに書いてください。
後で議事録を送る方式だと、認識のズレが発覚するのが数日後になります。その間に作業が進んでいれば、手戻りが発生します。
ズレは、その場で見つけるほど安く済みます。
現場の反対にどう向き合うか
現場からの抵抗は、DXが止まる最大の理由の一つです。
ただし、反対の中身をよく見ると、いくつかの種類に分かれます。対応も変わります。
| 反対の言葉 | 本当の理由 | 対応 |
|---|---|---|
| 今のやり方のほうが速い | 慣れの問題。実際に速いこともある | 実測して比べる。本当に速いなら残す |
| うちの業務は特殊だから | 例外処理への不安 | 例外の種類を一緒に洗い出す |
| 忙しくて時間がない | 優先順位が伝わっていない | 経営者から業務時間として確保すると伝える |
| 前に失敗したから | 過去の経験による不信 | 何が失敗だったかを聞き、対策を示す |
| 無言・非協力 | 仕事を失う不安、評価への不安 | 役割がどう変わるかを個別に説明する |
いちばん下の対応が、最も難しく、最も重要です。
効率化によって手が空いたとき、その人に何をしてもらうのか。ここを示さないまま進めると、協力は得られません。
「入力作業が減ったぶん、顧客への提案に時間を使ってほしい」と具体的に言えるかどうかで、反応は大きく変わります。
反対する人を、最初に巻き込む
逆説的ですが、最も反対しそうな人を、検討の初期から入れるのが有効です。
理由は2つあります。
- その人はたいてい業務に詳しく、例外処理を知っている
- 決まった後に伝えられると反対するが、決める過程にいれば当事者になる
ベテランほど反対しやすく、そしてベテランほど業務の実態を知っています。この人を敵に回すか味方にするかで、プロジェクトの難易度が変わります。
開発会社との認識を合わせる
社外との合意形成にも、固有の難しさがあります。
「言わなくても分かるはず」が通じない
自社では当たり前の商習慣も、外部には分かりません。
「月末締めの翌月末払い」「この取引先だけは単価が違う」「繁忙期は件数が3倍になる」。こうした前提は、言わなければ伝わらないと考えてください。
画面を見るまで、双方とも気づけない
文書だけで完全に認識を合わせるのは、実際には困難です。
だからこそ、早い段階で画面のイメージを見せてもらってください。紙に描いた簡単な図でも構いません。
実物を見て初めて「あ、そうじゃなくて」と気づくのは、発注側の落ち度ではありません。そのために早く見せるのが、正しい進め方です。
できないことを、はっきり言ってもらう
良い開発会社は、できないことや、やめたほうがいいことを言います。
すべての要望に「できます」と答える相手には注意が必要です。後で「あれは想定外でした」という話になりがちです。
ベンダー側の姿勢が問題になるケースについては、システムベンダーの「責任逃れ」が企業成長を阻む理由と対処法でも扱っています。
合意形成でよくある失敗
全員の合意を目指してしまう
全員が満足する案は、たいてい存在しません。
目指すべきは全員賛成ではなく、「納得はしていないが、決まったことには従う」という状態です。
そのためには、意見を言う機会があったこと、そして決定の理由が説明されたことが必要です。
経営者が最初の説明だけで姿を消す
キックオフには出るが、その後は担当者任せ。よくある形です。
しかし現場は、経営者の関心の度合いを見ています。関心が薄いと判断されれば、優先順位も下がります。
月1回、10分でも構いません。定例会議に顔を出すだけで、進み方が変わります。
決定事項が記録されていない
口頭で決めたことは、数週間後に必ず記憶が食い違います。
形式は問いません。決定事項・理由・決めた日付・決めた人。この4つが残っていれば十分です。
明日からできる3つのこと
- プロジェクトの目的を1文で書き、全員に配る
会議のたびに読み上げるくらいで、ちょうどよい頻度です。 - 立場ごとのメリットを1行ずつ書く
現場向けには「あなたの明日がどう変わるか」を書きます。 - 最も反対しそうな人を、次の打ち合わせに呼ぶ
業務に最も詳しい人でもあります。
よくある質問
現場がどうしても反対する場合はどうすればいいですか?
まず、反対の理由を具体的に聞いてください。
「使いにくい」なら、どの操作が何回増えるのかを確認します。実測すると、本当に負担が増えている場合もあります。その場合は設計を直すべきです。
一方、慣れの問題であれば、移行期間を長めに取り、サポートを厚くすることで解決します。理由が分からないまま押し切るのが、最も失敗しやすい進め方です。
推進担当が孤立してしまいます
担当者1人に任せると、必ずこうなります。
対策は2つです。経営者が「これは会社の方針だ」と明言することと、各部署に協力者を1人ずつ置くことです。
担当者が個人の立場で他部署に依頼する構図になると、そこで止まります。
会議が多すぎて疲弊します
全員が集まる会議は、隔週30分で十分なことが多いです。
個別の確認は、関係者だけで短時間に済ませてください。全員を毎回集めると、参加者の負担が増え、次第に欠席が増えます。
まとめ|見ているものが違う前提で話す
- 立場ごとに、気にしていることも不安も成功の基準も違う
- 「効率化」「すぐに」「簡単に」は、人によって意味が違う
- 目的を1文にして、全員が同じものを見る状態を作る
- 現場には「あなたの明日がどう変わるか」を話す
- 最も反対しそうな人を、最初から巻き込む
関係者の認識が揃ったら、次はプロジェクトを実際に動かす段階です。
ここで多くの会社がやってしまうのが、開発会社への丸投げです。次回は、発注側が管理すべきことを扱います。
経営課題の整理から、業務の見直し、システムの選定・導入・定着、効果測定、継続的な改善まで。中小企業がDXを進める一連の流れを14回に分けて解説しています。
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