「DXを進めたいが、何から手を付ければいいか分からない」
中小企業の経営者から、最も多くいただく相談です。
この問いに対する答えは、実はかなりはっきりしています。最初にやるべきことは、今の業務がどうなっているかを見えるようにすることです。
いわゆるAs-Is(アズイズ)分析、日本語でいえば現状分析です。
ただ、「業務を見える化しましょう」と言われても、具体的に何をどう見ればいいのかは分かりにくいものです。この記事では、実際の手順と、現場で使える着眼点を解説します。
なお、その前段にあたる「そもそも何を解決したいのか」の整理については、システム導入前に経営課題を整理する方法|IT課題との違いと変換手順で解説しています。
なぜ、システムを探す前に「現状を知る」必要があるのか
理由は3つあります。
理由1:経営者が思っている業務と、実際の業務は違う
これは、ほぼすべての会社で起こります。
「受注が入ったら、システムに登録して出荷指示を出す」——経営者の頭の中ではそうなっていても、現場では登録の前に在庫を電話で確認し、後から手書きのメモを転記している、ということが普通にあります。
その追加された工程は、たいてい何かの問題を回避するために現場が編み出したものです。だから、知らずになくすと別の問題が起きます。
理由2:課題が「感想」のままだと優先順位がつかない
「経理が大変そう」「営業が忙しい」という状態では、どこから手を付けるべきか判断できません。
現状を見える化すると、「請求書発行に月20時間かかっている」「そのうち12時間は転記作業」といった具合に、比較できる形になります。
理由3:現状を知らないままシステム化すると、ムダごと作り込む
今の業務をそのままシステムに置き換えると、今あるムダもそのまま移動します。
現状を見える化する目的は、記録を残すことではなく、なくせる工程を見つけることです。
現状分析(As-Is)で見るべき5つの視点
業務を観察するときは、次の5つを意識すると漏れが減ります。
| 視点 | 見るもの | 具体的な質問 |
|---|---|---|
| 人 | 誰がやっているか | 担当は何人か。その人しかできない作業はあるか |
| 情報 | 何を扱っているか | どの項目を入力・確認しているか。どこから来た情報か |
| 手段 | 何を使っているか | 紙・Excel・メール・電話・FAX・既存システムのどれか |
| 時間 | どれだけかかるか | 1件あたり何分か。月に何件か。待ち時間はどこか |
| ルール | どう判断しているか | 例外処理はどうしているか。判断基準は文書化されているか |
特に見落とされやすいのが、いちばん下の「ルール」です。
「この条件のときは特別対応する」といった判断が、担当者の経験だけで行われているケースは非常に多く、しかもシステム化の段階で必ず問題になります。
業務の見える化を進める5つの手順
ここからが実践編です。順番に進めてください。
手順1|対象業務の範囲を決める
最初に、どこからどこまでを見るのかを決めます。
「全社の業務を洗い出す」と決めると、まず終わりません。「受注が入ってから請求書を送るまで」のように、始まりと終わりをはっきりさせます。
選ぶ基準は次の3つです。
- 毎月必ず発生し、件数が多い
- 複数の人・部署をまたいでいる
- 誰かが「大変だ」と言っている
最初の1本は、2〜3週間で終わる範囲に絞ってください。やり方を覚えれば、2本目以降は速くなります。
手順2|登場人物を洗い出す
その業務に関わる人を、すべて書き出します。
ここで大事なのは、社外も入れることです。顧客、仕入先、外注先、社外の税理士や社労士。これらを外すと、実際の待ち時間や手戻りが見えなくなります。
「承認するだけ」の人も忘れずに入れてください。承認待ちは、業務が止まる代表的な原因です。
手順3|1件の仕事を最初から最後まで追いかける
ここが最も重要な手順です。
部署ごとにヒアリングするのではなく、1件の受注や1件の問い合わせを選び、それが最初から最後までどう流れるかを追いかけます。
部署単位で聞くと、各部署は自分の担当範囲しか答えません。その結果、部署と部署のあいだで起きている待ち時間や差し戻しが、誰の証言にも出てこなくなります。
実際、問題の多くは部署の中ではなく、部署と部署のつなぎ目で起きています。
手順4|情報がどこに置かれているかを記録する
各工程で、情報が「どこ」にあるかを書き留めます。
- 受注内容 → 営業担当のメール受信箱
- 受注一覧 → 共有フォルダのExcel
- 在庫数 → 倉庫の手書き台帳
- 請求情報 → 会計ソフト
- 顧客の特記事項 → ベテラン社員の記憶
こう並べると、同じ情報が何か所にあるかが一目で分かります。同じ情報が3か所にあれば、そのあいだには必ず転記か口頭伝達があります。
手順5|時間と件数を測る
最後に、数字を入れます。ストップウォッチは不要で、感覚値で構いません。
| 測るもの | 記入例 | 分かること |
|---|---|---|
| 1件あたりの作業時間 | 受注登録 8分 | 作業そのものの重さ |
| 月間の件数 | 月180件 | 合計でどれだけかかっているか |
| 待ち時間 | 承認待ち 平均1日 | 止まっている時間の長さ |
| やり直しの回数 | 月8件が差し戻し | 品質の問題がどこにあるか |
| 問い合わせ件数 | 進捗確認の電話 週10件 | 情報が共有されていない度合い |
ここで多くの会社が驚くのが、作業時間より待ち時間のほうが圧倒的に長いという事実です。
受注から出荷まで5日かかっていても、実際に人が手を動かしているのは合計40分だけ、ということは珍しくありません。
ムダが見つかる7つの着眼点
業務を追いかけながら、次の7つに当てはまる場面を探してください。ほぼ確実に何か見つかります。
| 着眼点 | 探し方 | よくある例 |
|---|---|---|
| 二重入力 | 同じ情報を2回以上打っていないか | 受注表と請求書に同じ内容を入力 |
| 転記 | 紙から画面、画面から紙への書き写し | 電話メモを後からシステムへ入力 |
| 待ち | 次の人に渡してから動くまでの時間 | 承認待ち、返信待ち、締め日待ち |
| 確認 | 「念のため」の照合作業 | 2つのExcelを目視で突き合わせ |
| 探す | 情報を見つけるまでの時間 | 過去メールやフォルダを探す |
| 属人化 | その人が休むと止まる作業 | ベテランしか値引き判断ができない |
| 手戻り | やり直しが発生する箇所 | 入力ミスによる請求書の再発行 |
このうち、「探す」と「確認」は、本人がムダだと認識していないことが多いので要注意です。
毎日やっていると「そういうもの」になってしまい、質問しても出てきません。実際に隣で見ていないと気づけない種類のムダです。
属人化については、「自分がいないと回らない」会社から抜け出す方法|業務を任せる仕組みづくりでも詳しく扱っています。
業務フローの書き方|難しい記法は使わなくていい
業務フロー図と聞くと、専用の記法や作図ツールを思い浮かべるかもしれません。
結論からいえば、中小企業の現状整理に、正式な記法は必要ありません。
大事なのは、関係者が見て「そうそう、こうなってる」と言えることです。表計算ソフトの表でも、模造紙に付箋でも構いません。
表形式で書く場合の項目
| No | 誰が | 何をする | 使うもの | 時間 | 気になる点 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 顧客 | メールで注文を送る | メール | — | 書式がバラバラ |
| 2 | 営業 | 受注管理表に入力する | Excel | 8分 | メールから手入力 |
| 3 | 営業 | 在庫を倉庫へ確認する | 電話 | 5分 | 不在だと折り返し待ち |
| 4 | 倉庫 | 台帳を見て在庫を答える | 手書き台帳 | 3分 | 台帳が最新とは限らない |
| 5 | 経理 | 請求書用ファイルに転記する | Excel | 6分 | 2の内容と同じ |
この程度で十分です。右端の「気になる点」の列が、後で課題一覧になります。
書き終えたら、必ず現場の担当者に見てもらってください。「だいたい合ってるけど、この場合は違う」という指摘こそが、例外処理という重要な情報です。
【事例】現場を見て初めて分かった「業務の実態」
医療機関どうしで検査装置の空き枠を融通し合う、予約プラットフォームを開発したときの話です。
当初の課題は明快でした。検査を依頼する側は空き状況が分からないまま電話をかけるしかなく、断られればまた次の医療機関へかけ直す。紹介情報は手書きの紹介状をFAXで送る。1件決まるまでに何度もやり取りが発生していました。
ここまでは、ヒアリングだけでも分かります。
聞いただけでは分からなかったこと
実際に業務の実態を確認していく中で、いくつか重要なことが分かりました。
- 負担は依頼する側だけではなかった。引き受ける側も、日中の業務を止めて電話対応にあたっていた
- 同じ組織が両方の立場を持っていた。ある日は検査先を探し、別の日は他院からの依頼を受ける
- 患者本人はこの業務に登場しなかった。すべて医療機関のスタッフが代理で進めていた
- 紹介先を探す単位が、行政上の市区町村ではなかった。医療業界の実務で使われる地域区分で動いていた
最後の点は特に重要でした。もし住所を市区町村で検索する画面を作っていたら、機能としては正しくても、現場の探し方と合わない使いにくいシステムになっていたはずです。
また、施設ごとに問診票の書式が違うという実態も分かりました。ここでも「全施設を統一書式に合わせてもらう」のではなく、各施設が自院の書類を持ち込んで予約票と1つのPDFに結合できる形にしています。
現状分析の価値は、こうした「業務の前提」を発見できることにあります。機能の一覧をいくら眺めても出てこない情報です。
この事例の詳細は、以下のページでご覧いただけます。

現状分析でよくある失敗
きれいな業務フロー図を作ることが目的になる
清書に時間をかけても、改善は1ミリも進みません。
目的は図を作ることではなく、ムダを見つけることです。手書きの汚いメモでも、課題が5つ見つかれば成功です。
「本来こうあるべき」を混ぜて書いてしまう
As-Isは、あくまで今どうなっているかです。
「ルール上はこうなっている」ではなく「実際はこうしている」を書いてください。ルールと実態がずれていること自体が、重要な発見になります。
例外処理を「例外だから」と省く
「基本はこの流れです。まれに特殊なケースもありますが」——この「まれに」が曲者です。
数えてみると全体の3割が例外だった、ということが実際にあります。システム開発で予算が膨らむ原因の多くは、後から出てくる例外処理です。
担当者を評価する場になってしまう
これは進め方の問題です。
「なぜこんな非効率なことを」という空気になると、現場は本当のことを話さなくなります。見ているのは仕事のやり方であって、人ではないと最初に明言してください。
明日からできる3つのこと
- 業務を1つ選び、1件を最後まで追いかける
受注でも問い合わせでも構いません。半日あれば1本追えます。 - 情報の置き場所をすべて書き出す
同じ情報が2か所以上にあれば、そこが最初の改善候補です。 - 現場に「実際はどうしていますか」と聞く
「どうすべきか」ではなく「実際はどうか」を聞くのがコツです。
よくある質問
現状分析にはどのくらいの期間が必要ですか?
1つの業務に絞れば、2〜3週間が目安です。
通常業務と並行して進めることになるため、「毎週水曜の午後だけ」のように時間を決めてしまうと進みやすくなります。
専用のツールは必要ですか?
不要です。表計算ソフトか、紙と付箋で十分です。
ツール選びに時間をかけるより、1件追いかけるほうが先に進みます。
現場が忙しくて協力してもらえません
まとまった時間をもらおうとせず、実際の作業を横で見せてもらう形に変えてみてください。
会議室でのヒアリングは現場の負担が大きく、しかも実態が出てきにくい方法です。手を動かしているところを15分見るほうが、多くのことが分かります。
まとめ|現状を知らずに、正しい打ち手は選べない
現状分析は、地味で、時間がかかり、それ自体では何の成果も生みません。
それでも省略できないのは、ここで見つけた事実が、この先のすべての判断材料になるからです。
- 人・情報・手段・時間・ルールの5視点で観察する
- 部署単位ではなく、1件の仕事を最後まで追いかける
- 二重入力・転記・待ち・確認・探す・属人化・手戻りを探す
- 正式な記法は不要。関係者が「そのとおり」と言える形にする
- 「あるべき姿」ではなく「実際の姿」を書く
現状が見えたら、次は「どういう状態になれば成功なのか」を決める番です。その手順は次回の記事で解説します。
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