はじめに
「AIを業務に使いたいけれど、いきなり数百万円かけて失敗したらどうしよう」
「開発会社に相談したら『まずはPoCから』と言われたが、何をするのかよく分からない」
こうした声をよく聞きます。
先に結論をお伝えすると、PoC開発は本開発に進むかどうかを決めるための、小さな試し作りです。そして大事なのは、作ることそのものよりも、始める前に「合格ライン」と「やめる基準」を決めておくことです。ここが曖昧なまま始めると、試しただけで何も決まらない「PoC止まり」になりがちです。
この記事では、発注する側の立場から、PoCの意味、必要な案件と要らない案件の見分け方、進め方、費用の目安、失敗しやすいポイントを順に整理します。
PoC開発とは
PoC(ピーオーシー)は Proof of Concept の略で、日本語では「概念実証」と訳されます。新しい仕組みを本格的に作る前に、小さな範囲で作ってみて、本当にうまくいくかを確かめる工程のことです。
たとえば「取引先から届く請求書をAIで読み取って、支払データを自動で作りたい」という場合を考えてみます。
いきなり全部を作ると、数百万円をかけた後で「自社の請求書だと読み取りの精度が低くて、結局人が全部直している」と分かることがあります。そこで先に、自社の請求書を数十枚だけAIに読ませてみて、
- 何割を正しく読めるか
- 1枚あたり何秒かかるか
- 1枚あたりのAI利用料はいくらか
を確かめます。結果が良ければ本開発に進み、悪ければやめるか、やり方を変えます。これがPoCです。
PoC・プロトタイプ・MVPの違い
似た言葉に「プロトタイプ」と「MVP」があります。どれも「小さく作る」点は同じですが、確かめたいことが違います。
| PoC | プロトタイプ | MVP | |
|---|---|---|---|
| 確かめること | そもそも実現できるか、効果があるか | 画面や操作の感じがどうか | 最低限の機能で実際に使われるか、売れるか |
| 触る人 | 社内の担当者 | 社内の担当者・関係者 | 本物のお客様・利用者 |
| 作ったものの行き先 | 多くは検証用で、本番では作り直す | 本開発の画面設計に活かす | そのまま育てていく |
迷ったら、「まだできるかどうかが分からない」ならPoC、「できるのは分かっていて、使い勝手を詰めたい」ならプロトタイプ、と考えると整理しやすくなります。
PoCが必要な案件、要らない案件
PoCはどんな開発にも必要なわけではありません。判断の目安は、やってみないと分からないことが残っているかどうかです。
PoCを挟んだほうがよい案件
- AIの精度が業務に耐えるか分からない(読み取り、分類、文章の作成、問い合わせ対応など)
- 外部サービスや既存システムとつなげられるか、つないだときに速度が出るか分からない
- 使うデータの質や量が足りているか分からない(紙が多い、表記がばらばら など)
- 費用対効果が読めず、社内で予算を通すための材料が必要
PoCを挟まなくてよい案件
- 顧客管理、予約、受発注など、仕組みとしてはよくある業務システム
- 「何を作るか」はほぼ決まっていて、迷っているのは画面や項目の細かい部分
後者の場合は、PoCに時間とお金をかけるより、要件定義をしっかり行うほうが近道です。要件定義の準備については要件定義の前に発注側が準備することで詳しくまとめています。
PoCで確かめる3つのこと
PoCで確かめることは、大きく分けて3つあります。精度の数字だけを見て終わらせないことがポイントです。
1. 技術:そもそもできるか
- 求める精度が出るか(例:請求書の金額と取引先名を正しく読めるか)
- 処理にかかる時間は許容範囲か
- 既存システムや外部サービスとつながるか
2. 業務:現場で回るか
- 今の手作業より、本当に速く・楽になるか
- AIが間違えたとき、誰がどう気づいて直すのか。間違いが出ても業務が止まらないか
- 現場の人が、説明なしでもある程度使えるか
技術的に「できる」ことと、業務として「回る」ことは別物です。精度90%でも、残り10%の確認に手間がかかりすぎれば、現場では使われません。
3. お金:費用に見合うか
- AIの利用料など、使うたびにかかる費用はいくらか
- 本開発と運用まで含めると、いくらかかりそうか
- 削減できる時間や手間と比べて、元が取れるか
生成AIを使う場合は、利用料が「使った分だけ」かかります。PoCの段階で1回あたりの費用を測っておくと、本番で利用者が増えたときの運用費を見積もれます。生成AIの費用の考え方は生成AIアプリ開発の進め方と費用でも解説しています。
PoC開発の進め方5ステップ
ステップ1:目的と合格ライン、やめる基準を決める
最初に、「何の業務の、何を減らしたいのか」を一文で書きます。そのうえで、数字で判断できる合格ラインを決めます。
(例)
- 合格ライン:テスト用の請求書100枚のうち、95枚以上で金額と取引先名を正しく読める
- 合格ライン:1枚あたりの処理が30秒以内
- やめる基準:精度が80%に届かず、改善の見込みも立たない
※数字は説明のための例です。業務に合わせて決めてください。
このステップを飛ばすと、PoCが終わっても「なんとなく良さそう」「でも少し不安」という感想しか残らず、判断ができません。
ステップ2:本番に近いデータを用意する
PoCの結果は、使うデータで大きく変わります。きれいに整えたサンプルではなく、実際の業務で届くデータを用意します。手書きのメモが入っている、かすれている、レイアウトがばらばら、といった「現場のクセ」も含めて試すことが大切です。
社外に出せないデータがある場合は、どこまで渡せるか、加工が必要かを社内で確認しておきます。
ステップ3:最小の範囲で作る
確かめたいことに関係しない機能は作りません。ログイン画面や細かい設定画面などは、PoCでは不要なことがほとんどです。範囲を絞るほど、早く・安く結果が出ます。
ステップ4:現場の人に触ってもらう
開発会社や担当者だけで試すのではなく、実際にその業務をしている人に使ってもらいます。「思ったより確認が面倒」「この画面では見にくい」といった声は、現場の人が触って初めて出てきます。
ステップ5:続けるか、止めるかを決める
ステップ1で決めた合格ラインに照らして判断します。選択肢は3つです。
- 本開発に進む:合格ラインを満たし、費用にも見合う
- やり方を変えて再挑戦する:一部は届かないが、改善の見込みがある
- やめる:やめる基準に当たった
「やめる」は失敗ではありません。本開発で大きな費用をかける前に分かったのであれば、PoCは役目を果たしています。
PoC開発の費用と期間の目安
PoCの費用は、確かめる範囲やデータの準備の手間によって大きく変わります。公開されている相場の例は次のとおりです。
| 出典 | 費用の目安 | 期間の目安 | 前提 |
|---|---|---|---|
| AI Market(BizTech株式会社) | 約200万〜500万円 | 3か月程度〜 | AI開発のPoC。既存モデルを使う場合は下限寄りに収まるケースも増えている |
| AIBUILDERZ(for,Freelance株式会社)小規模 | 50万〜200万円 | 1〜2か月 | 既存の生成AIで1つの業務を試す。データは手作業で用意する |
| AIBUILDERZ 中規模 | 200万〜500万円 | 2〜3か月 | 画面つきの試作、社内の1〜2システムとの連携、独自データでの学習 |
| AIBUILDERZ 大規模 | 500万円〜 | 3か月〜 | ― |
出典:
費用を左右するのは、主に次の3点です。
- データの準備:紙のスキャンや表記の統一など、データを整える手間が大きいほど費用は上がります
- 画面の有無:結果を確かめるだけなら画面は最小限で済みますが、現場で触ってもらう場合は簡単な画面が必要です
- 他のシステムとの連携:既存の基幹システムなどとつなぐほど、確認する範囲が広がります
また、PoCは「何ができるかを確かめる」作業のため、完成品を約束する請負契約ではなく、作業量に対して支払う準委任契約で結ぶことが多いとされています(上記 AI Market より)。契約の違いは準委任契約と請負契約の違いをご覧ください。見積書の読み方はシステム開発の見積書の見方で解説しています。
「PoC止まり」になる5つの原因
PoCをしたのに本開発にも中止にも進まず、試しただけで終わってしまう状態を「PoC止まり」と呼ぶことがあります。よくある原因は次の5つです。
1. 合格ラインを決めていない
結果を見ても良いのか悪いのか判断できず、「もう少し試してみよう」が続きます。ステップ1の合格ラインとやめる基準が、いちばんの予防策です。
2. きれいなデータで試してしまう
整えたサンプルでは良い結果が出ても、本番のデータでは精度が落ちることがあります。PoCの結果が良かったのに本開発で苦労する、というよくあるパターンです。
3. 現場の人が触っていない
担当者と開発会社だけで「うまくいった」と判断し、いざ現場に出したら使われない、ということが起こります。
4. 本開発の費用を考えていない
PoCの費用だけで予算を組み、本開発や運用の費用が社内で通らずに止まるケースです。PoCの段階で、本開発と運用のおおよその費用も一緒に見積もってもらいましょう。
5. PoCで作ったものの扱いを決めていない
PoCで作ったプログラムや報告書を、誰がどう使えるのかを決めていないと、本開発に進むときにもめる原因になります。成果物が「検証報告書」なのか「動く試作品」なのか、本開発で再利用できるのかを、契約の段階で確認しておきます。
小さく作って確かめた例
当社でも、いきなり大きく作らず、小さく作って確かめながら進めた取り組みがあります。
提案書の自動作成システム
当社の営業では、ヒアリング内容の整理から見積、提案書の作成までに時間がかかり、担当者によって品質にばらつきがありました。そこで、要望を入力すると見積と提案書をまとめて作る社内向けの仕組みを、主な機能に絞って先に形にしました。
AIを業務で使うときに起きやすい問題を見越して、「AIの作成が失敗したときは、標準の構成で提案書を組み立てる」「AIを使うたびに利用料を記録する」といった、業務を止めないための工夫を入れています。
詳しくは提案書の自動作成システムの開発事例をご覧ください。
動画から手順書を作るシステム
「新人向けの手順書を作りたいが、作る時間がない」という声から、作業動画をアップロードするとAIが手順書を作る仕組みを開発しました。建設会社の方に無料で使っていただく形で提供しています。
AIが作った手順書をそのまま信用しない仕組みや、失敗しても作業が止まらない仕組みなど、現場で使うことを前提にした工夫を入れています。
詳しくは動画マニュアル自動生成システムの開発事例をご覧ください。
訪日旅行者向けのAI旅程作成サービス
生成AIで旅程を作るサービスでは、「AIが実在しない店を出す」「回答が途中で切れる」「待ち時間が長くて離脱される」といった、生成AI特有の問題に対策しました。こうした問題は机の上の検討では見えにくく、実際に動かして初めて分かる種類のものです。
詳しくは生成AIアプリ開発の進め方と費用で紹介しています。
発注前に社内で整理しておきたい5項目
開発会社にPoCを相談する前に、次の5つを整理しておくと話が早く進みます。
- 目的:何の業務の、何を減らしたいか(一文で)
- 合格ラインとやめる基準:数字で判断できる形で
- データ:本番に近いデータを、どのくらいの量、社外に出せるか
- 試す人と期間:現場の誰に、いつ触ってもらうか
- その先の見込み:本開発に進む場合の予算と時期のおおよその見込み
すべてが決まっていなくても相談はできます。ただ、目的と合格ラインだけは、開発会社と一緒にでも始める前に決めておくことをおすすめします。
よくある質問
Q1. PoCだけを開発会社に頼むことはできますか?
できます。PoCは本開発とは切り分けて、単独で契約することが一般的です。その際、成果物が検証報告書なのか、動く試作品なのかを確認しておきましょう。
Q2. PoCで作ったものは、本番でそのまま使えますか?
そのまま使えないことが多いと考えておくのが安全です。PoCは早く確かめることを優先して作るため、本番に必要な安全性や使いやすさ、保守のしやすさまでは作り込まないのが一般的です。再利用したい場合は、PoCを始める前に開発会社へ伝えておきましょう。
Q3. PoCの費用は補助金の対象になりますか?
制度や公募の時期によって対象かどうかが変わります。AI開発で使える補助金についてはAI開発で使える補助金をご覧ください。
Q4. PoCは社内でもできますか?
生成AIのサービスを使って「この業務の文章作成をAIに任せられそうか」を試す程度であれば、社内でも始められます。一方、既存システムとの連携や、現場で使える画面まで含めて確かめる場合は、開発会社に相談したほうが早く結論が出ます。社内でどこまでやるかはAI開発の内製化も参考にしてください。
まとめ
- PoC開発は、本開発に進むかを決めるための小さな試し作り
- 必要なのは「やってみないと分からないこと」が残っている案件。よくある業務システムなら要件定義から始めるほうが近道
- 確かめるのは、技術(できるか)・業務(回るか)・お金(見合うか)の3つ
- 始める前に、合格ラインとやめる基準を数字で決める
- 本番に近いデータで、現場の人に触ってもらう
- 本開発と運用の費用、PoCの成果物の扱いも最初に確認する
「この業務でAIが使えるか試してみたい」「PoCをするべき案件なのか分からない」という段階でも、お気軽にご相談ください。