「地方の会社に出せば、人件費が3割は安くなりますよ」
ニアショア開発の説明で、こう聞いたことはないでしょうか。
結論から書きます。厚生労働省の賃金統計で47都道府県を突き合わせると、その水準の差はどの県でも出ていません。 年収換算で東京と最も差が開く宮崎県でも、東京の75.7%。実際に開発チームを組める規模の人材がいる県に限れば、差は2割弱に収まります。
では、ニアショア開発にメリットがないのかというと、そうではありません。メリットの主役が「安さ」ではないだけです。同じ統計から、日本のソフトウェア作成者の59.4%が東京都に集中していることも分かります。ニアショア開発とは、実質的には「東京の外にいる残り約4割の人材に手を伸ばす方法」です。
この記事では、開発を受注する側——実際に地方拠点で人を集め、契約を交わし、リモートでチームを動かしている立場から、次の4点を解説します。
- ニアショア開発とは何か(そして、なぜ会社によって定義が違うのか)
- メリットを公的統計で検証すると、いくら下がるのか
- 本当の価値と、その裏返しであるデメリット
- 遠隔開発だからこそ起きる、偽装請負の線引き
ニアショア開発とは|まず「どちらの意味か」を確認する
ニアショア開発とは、一般に首都圏の発注者が、国内の地方にある開発会社にシステム開発を委託することを指します。「near(近い)+ shore(岸)」で、海外に出す「オフショア(offshore)」に対する言葉です。
ただ、ここで最初に知っておいてほしいことがあります。
「ニアショア」は法令用語でも統計用語でもありません。
実際に確認してみると、日本の行政文書(go.jp ドメイン)に、ソフトウェア開発の「ニアショア」を定義したものは見当たりません。日本標準産業分類にも、日本標準職業分類にも該当する語はありません。あくまで業界の慣用語です。
そして、ジェトロ(日本貿易振興機構)が使う「ニアショアリング」は、製造業の生産拠点を消費地の近隣国へ移す動き(メキシコから米国市場向け、など)を指しています。つまり国際的な文脈では、ニアショアは「国境をまたぐ」言葉なのです。
この結果、日本のIT業界では2つの用法が混在しています。
| 用法 | 意味 | 使う会社の傾向 |
|---|---|---|
| 国内地方型 | 首都圏 → 国内の地方都市 | 国内に開発拠点を持つ会社 |
| 近隣国型 | 日本 → 中国・ベトナムなど近隣アジア | 海外に開発拠点を持つ会社の日本法人 |
どちらが正しいという話ではありません。ただ、「ニアショアでコストを下げましょう」と提案されたとき、その会社の言う「ニア」がどこを指しているかで、話はまったく別物になります。
最初に確認すべき質問は1つです。
「実際に手を動かすエンジニアは、どの都道府県、あるいはどの国にいますか?」
この記事では、以降は国内地方型(首都圏 → 国内の地方)の意味で「ニアショア開発」を扱います。
メリット1:コスト削減|実際にいくら下がるのかを公的統計で確かめる
ニアショア開発のメリットとして、どの解説記事でも真っ先に挙がるのがコスト削減です。「地方は最低賃金が低いから人件費が安い」という説明が付きます。
では、実際にどれくらい違うのか。ベンダーの単価表ではなく、公的統計で確認します。
使うデータ
厚生労働省『令和7年賃金構造基本統計調査』(2026年3月24日公表)の都道府県別第3表を使います。この調査は毎年6月分の賃金を対象に、全国約6万事業所から回答を得ているものです。
職種は「ソフトウェア作成者」を選びました。同調査には「システムコンサルタント・設計者」という上流工程向けの区分もありますが、ニアショアで外注することが多い設計・実装・テストの実働層に最も近いのがこちらで、全国の労働者数も81.7万人と最大です。
なお、ここでいう「所定内給与額」とは、調査の定義によれば次のものです。
労働契約等であらかじめ定められている支給条件、算定方法により6月分として支給された現金給与額(きまって支給する現金給与額)のうち、超過労働給与額(①時間外勤務手当、②深夜勤務手当、③休日出勤手当、④宿日直手当、⑤交替手当として支給される給与をいう。)を差し引いた額で、所得税等を控除する前の額
つまり残業代を含まない、税引き前の月給です。以下の表では、これに年間賞与を加えた「年収換算」も併記します。
実際の数字(ソフトウェア作成者・労働者数5,000人以上の16都道府県)
| 都道府県 | ソフトウェア作成者の人数 | 月給(所定内) | 対東京 | 年収換算 | 対東京 |
|---|---|---|---|---|---|
| 茨城 | 6,570人 | 297.6千円 | 81% | 4.63百万円 | 84% |
| 新潟 | 5,970人 | 299.6千円 | 82% | 4.56百万円 | 83% |
| 宮城 | 6,910人 | 307.8千円 | 84% | 4.70百万円 | 86% |
| 静岡 | 11,840人 | 316.0千円 | 86% | 4.78百万円 | 87% |
| 群馬 | 5,410人 | 322.9千円 | 88% | 4.81百万円 | 88% |
| 埼玉 | 10,650人 | 330.1千円 | 90% | 4.81百万円 | 88% |
| 福岡 | 17,990人 | 332.2千円 | 91% | 4.88百万円 | 89% |
| 広島 | 7,110人 | 340.0千円 | 93% | 5.24百万円 | 95% |
| 大阪 | 67,850人 | 345.1千円 | 94% | 5.13百万円 | 93% |
| 兵庫 | 10,970人 | 356.0千円 | 97% | 5.77百万円 | 105% |
| 千葉 | 11,950人 | 361.5千円 | 99% | 5.51百万円 | 100% |
| 北海道 | 9,480人 | 361.8千円 | 99% | 5.33百万円 | 97% |
| 東京 | 485,830人 | 366.2千円 | 100% | 5.49百万円 | 100% |
| 愛知 | 35,080人 | 367.4千円 | 100% | 5.83百万円 | 106% |
| 神奈川 | 55,640人 | 368.4千円 | 101% | 5.58百万円 | 102% |
| 京都 | 7,240人 | 372.7千円 | 102% | 5.69百万円 | 104% |
出典:厚生労働省『令和7年賃金構造基本統計調査』都道府県別第3表(一般労働者・男女計・産業計)より作成。年収換算は所定内給与額×12+年間賞与その他特別給与額。
この表から読み取れること
1. 一番安い県でも、東京の8割程度
労働者が5,000人以上いる16都道府県で最も月給が低いのは茨城県の29.8万円で、東京(36.6万円)の81%。年収換算でも84%です。「3割安い」に届く県は、この規模の中にはありません。
47都道府県すべてを見ても、年収換算で最も低いのは宮崎県の75.7%。最も差が開く県でも、東京の4分の3程度というのが実態です。
2. 東京より高い県がある
京都(102%)、神奈川(101%)、愛知(100%)は、月給で東京と同水準か、わずかに上回ります。年収換算では愛知が106%、兵庫が105%と東京を明確に超えます。
「地方=安い」ではなく、「県によって、東京と同水準からマイナス2割強までの幅がある」というのが正しい理解です。
3. 安い県は、たいてい人が少ない
これが最も重要な点で、次の章で詳しく扱います。
重要な注意:賃金差は、そのまま単価差にはならない
ここで、発注担当者が誤解しやすい点を1つ書いておきます。
上の表は「エンジニア本人が受け取る給与」であって、「発注者が払う人月単価」ではありません。
人月単価には、給与のほかに次のものが乗ります。
- 社会保険料の事業主負担
- 採用・教育コスト
- オフィス・機材・ライセンス費
- 管理部門の人件費
- 会社の利益
これらの比率は会社ごとに違います。したがって、給与が東京比85%の県のベンダーが、単価も85%で出してくるとは限りません。逆に、給与差が2割弱しかないのに単価を4割下げてくるベンダーがあれば、そこには別の説明(経験の浅い担当者の配置、多重下請け、赤字受注など)があるはずです。見積もりが想定以上に安いときこそ、体制表を確認してください。
メリット2:本命は「東京の外にいる約4割の人材」へのアクセス
同じ統計から、もう1つの数字が出ます。労働者数です。
| 区分 | ソフトウェア作成者の人数 | 全国比 |
|---|---|---|
| 全国(47都道府県計) | 817,850人 | 100% |
| 東京都 | 485,830人 | 59.4% |
| 1都3県(東京・神奈川・千葉・埼玉) | 564,070人 | 69.0% |
日本のソフトウェア作成者の約6割が東京都に、約7割が首都圏に集中しています。
この数字は、2つのことを同時に意味します。
1つ目:東京で採用しようとすると、同じ約48万人を全社で奪い合うことになります。首都圏の求人票が横並びになり、条件はどんどん上がります。
2つ目:しかし、残りの約33万人(40.6%)は東京都外にいます。 大阪に6.8万人、神奈川に5.6万人、愛知に3.5万人、福岡に1.8万人、千葉・静岡に約1.2万人ずつ、兵庫・埼玉に約1.1万人ずつ、北海道に9,480人——という分布です。
ニアショア開発とは、突き詰めればこの「東京の外にいる約4割」に手を伸ばすための手段です。
そう捉え直すと、判断の軸が変わります。
- ❌ 「東京の会社に頼むより安いから、地方に出す」
- ⭕ 「東京では確保できない(あるいは確保に時間がかかりすぎる)ので、東京の外の人材プールを使う」
そして後者で考えると、コスト削減は主目的ではなく、副次的な効果ということになります。実際、この記事の表が示すとおり、副次効果としての削減幅はせいぜい1〜2割です。それを主目的に据えると、期待とのギャップで失敗します。
メリット3〜5:時差・言語・法制度・BCP
コストと人材の次に挙げられる定番のメリットも、それぞれ確認しておきます。ここは公的統計で測れる話ではないので、条件つきで書きます。
時差ゼロ・同一言語
国内なので時差がなく、日本語でやり取りできます。オフショア開発で発生する「仕様書の翻訳」「ブリッジSEの介在」「時差による1往復1日」といったコストが、原理的に発生しません。
ただし、「日本語が通じる=仕様が伝わる」ではありません。 認識のズレは言語ではなく、業務知識の差から生まれます。ここはニアショアでもオフショアでも変わらないので、過大評価は禁物です。
同じ商習慣・同じ法制度
国内企業同士なので、契約は日本の民法・商法に基づきます。個人情報保護法、下請法(現・取適法)、労働者派遣法といった規制も同じ枠組みです。データを国外に出せない案件(自治体、医療、金融など)では、この点が決定的になります。国境をまたぐデータ移転の検討が不要になるためです。
BCP(事業継続)としての拠点分散
首都圏の被災時に開発機能が止まるリスクを、物理的に離れた拠点を持つことで下げられます。ただし、これがメリットとして機能するのは開発拠点が本当に分散している場合だけです。「地方に会社はあるが、実務は東京のオフィスに常駐している」体制では、分散になっていません。契約前に確認すべき点です。
デメリットと、事前に潰しておく落とし穴
ここからが本題です。競合記事では「コスト削減効果が思ったより小さい」「地方は人材の母数が少ない」といった一般論で終わりがちな部分を、数字で具体化します。
落とし穴1:安い県ほど、人材の母数が小さい
先ほどの表は労働者数5,000人以上の県に絞ったものでした。絞る前の47都道府県で見ると、景色が変わります。
月給が最も安いのは島根県(28.8万円、東京比79%)ですが、島根県のソフトウェア作成者は800人しかいません。 次に安い鳥取県は1,040人、岐阜県は3,050人です。
賃金と労働者数の関係を統計的に確認すると、スピアマンの順位相関係数は ρ=0.449(n=47)。東京を除いても ρ=0.414 で、「賃金が安い県ほど、人材の母数も小さい」という中程度の正の相関が確認できます。
これが意味するのは、次のことです。
安さと供給量はトレードオフの関係にある。
800人しかいない県で、5人のチームを組み、2年間メンバーを維持し、途中で1人抜けたら補充する——これは簡単ではありません。安い県を選んだ結果、「単価は下がったが、人が集まらない・続かない」という失敗が起きます。
比較的バランスが良いのは、労働者数5,000人以上を確保しつつ東京比85%前後に収まる茨城(6,570人・81%)、新潟(5,970人・82%)、宮城(6,910人・84%)、静岡(11,840人・86%)、福岡(17,990人・91%)といったあたりです。
落とし穴2:上流工程はニアショアに向きにくい
同じ調査の「システムコンサルタント・設計者」(要件定義・基本設計を担う上流層)を見ると、全国17.4万人のうち東京が53.9%を占めます。加えて、16県が労働者数200人未満(石川10人、長崎20人、佐賀40人など)で、統計として県別比較に耐えないほど層が薄い状態です。
つまり、上流工程の人材は、実装層よりもさらに東京に偏っています。
実務的な結論はこうなります。
- 要件定義・基本設計は、発注者側と近い距離で行う(内製、あるいは首都圏のベンダー)
- 詳細設計・実装・テスト・保守運用を、ニアショアの対象にする
「上流から丸ごと地方に出す」構成は、対応できる会社を見つけること自体が難しく、見つかっても属人性が高くなります。
落とし穴3:「地方だから安い」は県単位の平均でしかない
上の表はすべて都道府県単位の平均値です。同じ県の中でも、県庁所在地とそれ以外、企業規模によって差があります。「〇〇県だから安いはず」という前提で交渉すると、根拠のない値下げ要求になります。
見るべきは県ではなく、その会社の体制表と単価の内訳です。
落とし穴4:移動コストと立ち上げコスト
キックオフや重要なレビューで対面が必要になる場合、往復の交通費と移動時間が発生します。年に数回なら誤差ですが、毎週の定例を対面で求める運用にすると、削減した分を移動費が食います。
リモート前提で回せる進め方(後述)を最初に設計しておくことが、コスト面でも重要です。
オフショア開発との違い
ニアショアとオフショア(ベトナム、フィリピン、インドなどへの委託)の違いを整理します。
| 観点 | ニアショア(国内地方) | オフショア(海外) |
|---|---|---|
| 単価 | 東京比で1〜2割程度の差 | 一般に、より大きな差が出るとされる |
| 言語 | 日本語 | 英語または現地語+ブリッジSE |
| 時差 | なし | 1〜5時間程度(アジア圏) |
| 法制度・契約 | 日本法 | 現地法・国際契約の検討が必要 |
| データの越境 | 発生しない | 個人情報の越境移転の検討が必要 |
| 人材の規模 | 東京都外に約33万人(ソフトウェア作成者) | 国によっては桁違いに大きい |
なお、この記事ではオフショアの単価を具体的な金額で示しません。 ニアショア側は公的統計で検証できる一方、オフショアの開発単価について一次情報で横並び比較できるデータを確認できなかったためです(ジェトロの投資関連コスト比較調査の本体は一般公開されていません)。ベンダー各社が公表する単価表は集計方法と母集団が非公開なので、この記事の基準では根拠として採用しません。
言えるのは、選択の軸は単価だけではないということです。データを国外に出せない案件、仕様が固まりきらず頻繁な対話が必要な案件、少人数で長く続ける保守案件では、ニアショアの条件が有利に働きます。逆に、仕様が明確で規模が大きく、まとまった人数を長期に確保したい案件では、オフショアの規模が効きます。
発注先の選び方|「県」で選ばない
ここまでの内容を、発注前のチェックリストにまとめます。
1. 実際に手を動かす人がどこにいるか
契約先の本社所在地ではなく、開発担当者の勤務地を聞きます。「地方の会社」でも、実務は東京常駐というケースがあります。BCPを目的にしている場合、ここで前提が崩れます。
2. その拠点に、何人いるか
会社全体の従業員数ではなく、その拠点の開発要員数です。5人のチームを2年維持するには、拠点に相応の層が必要です。人が抜けたときの補充計画も併せて確認します。
3. 単価の内訳と、担当者の経験年数
給与差が2割弱であることを踏まえると、単価が極端に安い場合は理由があります。体制表の各ロールについて、経験年数と担当予定業務を確認してください。
4. 上流工程を誰が持つか
要件定義と基本設計の責任者が、発注側・受注側のどちらにいるかを最初に決めます。曖昧なまま進めると、実装フェーズで手戻りが出ます。
5. 契約類型と、進め方の取り決め
ラボ型・準委任で月額のチームを持つ場合、契約類型そのものより個別の条項が実際の責任範囲を決めます。この点は準委任契約と請負契約の違いを扱った記事で詳しく解説しています。
そして、リモート前提のニアショアで最も見落とされやすいのが、次の章の論点です。
遠隔だからこそ起きる|偽装請負の線引き
「常駐ではないから、偽装請負の心配はない」
ニアショア開発について、こう考えている発注担当者は少なくありません。これは逆です。 遠隔でチャットやプロジェクト管理ツールを使うからこそ、線を越えやすくなります。
根拠は、厚生労働省の『「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」(37号告示)に関する疑義応答集(第3集)』です。
まず、この文書が自社に関係あるかどうか
この疑義応答集(第3集)は、2021年の公表時点では「アジャイル型開発」についての文書として読まれていました。しかし、2026年5月25日にQ8が追加され、適用範囲が明示されました。
Q8 Q1~7の考え方は、アジャイル型開発以外のシステム開発を請負業務とする場合についても当てはまりますか。
A8 アジャイル型開発以外のシステム開発を請負業務とする場合についても当てはまります。
つまり、ウォーターフォールでも、保守運用でも、この判断枠組みが適用されます。 アジャイルでやっていないから関係ない、ということはありません。
論点1:チャット・PMツール上での直接指示(Q6)
Slack、Backlog、Jira——ニアショアでは、これらのツールが実質的な作業現場になります。この点について、疑義応答集は次のように述べています。
会議や打ち合わせ、あるいは、電子メールやチャットツール、プロジェクト管理ツール等の利用において、発注者側と受注者側の双方の関係者が全員参加している場合であっても、それらの場面において、実態として、両者が対等な関係の下で情報の共有や助言・提案が行われ、受注者側の開発担当者が自律的に開発業務を進めているのであれば、偽装請負と判断されるものではありません。
他方で、(略)実態として、会議や打ち合わせ、あるいは、電子メールやチャットツール、プロジェクト管理ツール等の利用において、発注者側の開発責任者や開発担当者から受注者側の開発担当者に対し、直接、業務の遂行方法や労働時間等に関する指示などの指揮命令が行われていると認められるような場合には、偽装請負と判断されることになります。
読み解くと、こうなります。
- ✅ 同じチャンネルに全員が入っていること自体は問題ない(情報共有・助言・提案は対等な関係の下で行える)
- ❌ 発注者が受注側のエンジニアに直接「このタスクを今日中にやって」「明日は〇時から作業して」と指示するのは、偽装請負と判断されうる
境目は「参加しているかどうか」ではなく、「遂行方法や労働時間の指示をしているかどうか」です。
実務上は、タスクの割り当てと進捗管理を受注者側の責任者が行う体制にします。発注者はチケットに要望と背景を書き、優先度は受注者側の責任者と合意する。この一手間が、線を守ります。
論点2:メンバーの指名・交代要求(Q7)
ラボ型で長く続けていると、必ず出てくる会話があります。「あのエンジニアさん、次の期も継続でお願いしたい」「この人はうちの案件に合わないので外してほしい」。
これについて、疑義応答集は明確です。
発注者が特定の者を指名して業務に従事させたり、特定の者について就業を拒否したりする場合は、発注者が受注者の労働者の配置等の決定及び変更に関与していると判断されることになり、適正な請負等とは認められません。
「あの人を継続で」も「この人は外して」も、どちらも該当します。
一方で、スキルの確認そのものが禁止されているわけではありません。
発注者が受注者に対し、受注者が雇用する技術者のシステム開発に関する技術・技能レベルと当該技術・技能に係る経験年数等を記載したいわゆる「スキルシート」の提出を求めたとしても、それが個人を特定できるものではなく、発注者がそれによって個々の労働者を指名したり特定の者の就業を拒否したりできるものでなければ、(略)直ちに偽装請負と判断されるわけではありません。
つまり、個人が特定できない形で技術・技能レベルと経験年数を確認するのは問題ありません。「Aさんを指名する」ではなく、「この工程には〇〇の経験3年以上を配置してほしい」と要件で伝えるのが正しい形です。
なぜニアショアでこそ問題になるのか
常駐であれば、受注者側の管理責任者が同じ場所にいることが多く、指揮命令の経路が目に見えます。しかしリモートのニアショアでは、発注者と受注側エンジニアが1対1でDMできてしまいます。 悪意はなくても、急ぎの依頼を直接投げるほうが早い、という理由で線を越えます。
対策は3つです。
- 受注者側の管理責任者を明確に決め、契約書に書く
- タスクの割り当て・進捗管理・稼働時間の管理は、受注者側の責任者が行う
- メンバーの要望は「個人の指名」ではなく「必要なスキル要件」で伝える
この3点は、発注者を縛るためのものではありません。適正な請負・準委任として契約を維持するための、双方にとっての防具です。
契約類型そのものの選び方については、準委任契約と請負契約の違いを解説した記事を併せてご覧ください。
まとめ
ニアショア開発について、公的統計と行政文書から確認できたことを整理します。
コストについて
- ソフトウェア作成者の賃金は、年収換算で東京比75.7%(宮崎)〜106.2%(愛知)
- 開発チームを組める規模(労働者5,000人以上)の16都道府県では、月給ベースで東京比81〜102%
- 「地方なら3〜4割安い」という水準は、どの県でも出ていない
- 賃金差はそのまま人月単価の差にはならない(社会保険料・間接費・利益が乗るため)
本当のメリット
- ソフトウェア作成者の59.4%が東京都、69.0%が1都3県に集中している
- ニアショア開発の本質的価値は、東京の外にいる約33万人の人材プールへのアクセス
- コスト削減は主目的ではなく副次効果と捉えるほうが、期待値を外さない
注意すべき点
- 賃金と労働者数には中程度の正の相関(ρ=0.449)があり、安い県ほど人材の母数が小さい
- 上流工程(システムコンサルタント・設計者)は東京集中がさらに強く、16県は労働者数200人未満
- 選ぶべきは「安い県」ではなく「必要な人数を継続的に出せる拠点」
進め方
- 遠隔でも、チャットやPMツール上で発注者が直接、遂行方法や労働時間を指示すれば偽装請負と判断されうる(疑義応答集 第3集 Q6)
- メンバーの指名・交代要求は、適正な請負等と認められない(同 Q7)
- 2026年5月25日の追加により、アジャイル以外のすべてのシステム開発にこの枠組みが適用される(同 Q8)
ニアショア開発は、「安くする方法」として導入すると期待外れになりやすく、「東京では確保できない開発体制を、国内で組む方法」として設計すると機能します。判断の出発点は単価表ではなく、どこに、何人、どんな体制で人がいるのかです。
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出典
- 厚生労働省『令和7年賃金構造基本統計調査』都道府県別第3表「都道府県、職種(特掲)、性別きまって支給する現金給与額、所定内給与額及び年間賞与その他特別給与額(産業計)」(2026年3月24日公表)
- 厚生労働省『「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」(37号告示)に関する疑義応答集(第3集)』(令和8年5月25日更新)